アンロックが終わり、事務作業が滞っている状態もある程度片付きました。
公共施設をクラブ化する
アンフォーレを観た時から『やれる』と感じていましたし、『やる』と決めていました。
それが2026年2月に叶う。
それが叶うと、次のステージが見えてくる。
ダンスに携わってきて、こういうことが何度も訪れました。
それは、『引き寄せの法則』ではなく
つながり
即ち

であると感じています。
アンロックで強く感じた仏道の縁起の考え
縁と言えば、『縁起』。
仏教では『縁』は
万物は単独で存在しない。無数の要素が関係し合って成り立っている。
それを今回のアンロックでは強く感じました。
ダンスからの『縁』。
それはいろんな要素が絡み合って今があるという事。
そして、ダンスからまた違う要素が関係して、自分では想いもよらないカタチがまた見え始める。
これも『縁起』。
ダンスを始めて自分の人生の半分以上が過ぎました。
その間に、整体を学んだり、身体操作を学んだり、リンパケアを学んだり、身体調律も習得しました。
すべて、ダンスに繋がっている。
ダンスとは関連が無いと想うことでさえ、『縁』が起こっている。
ダンスに携わっているだけで、多くの事を学ぶことが出来ています。
縁に良縁悪縁なし。だからすべてを良縁とする
好きな事に携わっているなら、さぞ『良縁』ばかりでしょう?
と思われるかもしれませんが、そんなことは全くない。
『悪縁』と思う事だってあります。
ただね、縁自体に『良し悪し』というものは有りません。
『良し悪し』を判断しているのは他でもない『自分』だからです。
『悪縁』と想う事だって、時を経てみれば『良縁』になることもある。
その時は良縁と感じても、後で悪縁と感じることもあるでしょう。
そもそも、良いか悪いかなど『感じる』だけに過ぎません。

良いと感じる、悪いと感じる。
それも何かと比較をしたうえで、良い悪いをジャッジする。
美味しい/不味い、楽しい/つまらない、美しい/醜い…
その事象をどう捉えるかに過ぎないのに、なぜかジャッジをする。
ビールを美味しいと感じる人もいれば、不味いと感じる人もいる。
子供の時は美味しくなかったものでも、おとなになったら美味しいと感じる。
良し悪しもその程度です。
万物の法則以外は自分自身が勝手にジャッジをしているにすぎないのです。
ならば、すべてを良縁と捉えるのも自分次第という事です。
アンロックでは『え⁉このタイミングで?』というくらいいいタイミングではありませんでした。
母が脳出血で倒れて入院中。しかも、イベントまで2か月。
『なかなか難しいんじゃないか?』『イベントまで時間が無さ過ぎる』という意見も。
ただ、そのタイミングの良い悪いも人のジャッジ。
今回のアンロックの成功、良いか悪いかなんて考えない。
やる!
ただそれだけだったのです。
自分自身も縁に委ねる
今回のアンロックのお話、少しだけ悩みました。
それは『時間が無い』という理由ではない。
ただただ、『母の事』だけでした。
母に何かあった場合、イベントに関わった人に迷惑がかかるかもしれない。
それだけが心に引っかかりましたが、母を理由にやらない選択をしたら母は悲しむだろう、と思いお引き受けしたのです。
その間、2秒程度。
アンフォーレの担当者の方にもその旨は伝えたうえで、イベントに臨んだのです。
ただ目の前の縁をそのまま受け入れる。
それだけです。
じゃあ、その縁とは何でしょうか?
23歳の時に深夜のダンス番組を見て感動し、ダンスを始めて大阪に行ったり、コンテストに出たり…
能動的に見えるでしょうが、実は縁によって流れてきたものと感じるのです。

何かを理由にしてやめるのではなく、目の前に現れたモノを本気で取り組む。
これが『縁起』と言えるのではないでしょうか。
無理せずともよい
良縁と捉えるのも自分次第…
とは言え、そう想えないこともあるでしょう。
そんな時に無理矢理『これも良縁!』と捉える必要もない。
そういう時は辛さをしっかり噛み締めればいい。
本当につらい時に『これもハッピーにつながる』なんて思える人はそもそも辛くは無いのだから。
事実、僕の母はアンロックの準備期間中の1月1日に再出血を起こして言語障害と嚥下障害になってしまいました。
そんな最中に『これは何かの学びだ』なんて思えるわけがない。
そんなことは思わなくていい。ただ、母を大事にすることだけ考えればいい。
この事象は何かを教えてくれている
それもただのジャッジです。ただ目の前にあることを本気で感じ、本気で取り組めばよい。
何事にも本気で取り組む。
本気で取り組めば、そんなにたくさんのことは出来ないはず。
そして、SNSをダラダラ見る、といった暗愚な行動は出来ないでしょう。
SNSだって『縁起』になるかも!と思う人はSNSを見続ければいいと思います。
本気で思えるならさもありなん。
もし、『なんか違う』と思うのであれば、それは正解でしょう。
本気でやるのか、やらないのか。
あなたがするジャッジはそれだけなのです。
今回のアンロックは『見えるカタチ』として、顕現したおかげで、また一つ、新しいステージ、新しい縁が生まれています。
それも本気でやったことの縁起であります。
感謝。
そして、スタジオでは『本気コース』を設置しました。
面談と審査をしたのちに受講できるコースですが、『縁』を起こすための準備のコースです。
4月からスタートしますが、通常クラスである程度レベルがないと受講できないレベルになっています。
そして、通常クラスは開講しています。
本気でやれる場所を探している方。
ご連絡ください。



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